<   2007年 01月 ( 8 )   > この月の画像一覧
図書館マーケティング 6「見猿・言わ猿・聞か猿」
参考資料 「自由な時代の不安な自分」三浦展 昌文社

「見猿・言わ猿・聞か猿」

最近食欲を不快に感じるという人が増えてきたというのだ。食べることを楽しいと感じない、面倒だと思うという。なんだか、思い当たる。その原因は【不足】を感じないからだという。いつでも何でも食べられる時、ほしいと言う欲望が衰退し、何を食べても満足せず食欲を満たすことが幸福感につながず、不気味な感覚として体感されるというのだ。性欲やファション、情報もそうらしい。ほしいとも言わないのに、つまらない情報が大げさな演出をされて24時間垂れ流されている。そういう状況の中で、われわれは情報がほしいという気持ちをむしろ阻害されてしまう。「ほしいものがほしい」と言う欲望を欲望するという感覚が消失しつつあると三浦氏は語る。
三浦氏のいうように「自由な時代の不安な自分」は、「見猿言わ猿聞か猿」となって情報の流れる川のほとりにたたずんでいるようだ。そう考えれば、地球温暖化、テロ、いじめ、殺人という異常事態を見聞きしても、強い危機感を感じない自分に説明が付く。心や体は情報の氾濫の前で金縛りにあってしまっているのだ。食べることが面倒だ、不快だという私たちは、知ることも面倒で不快だと思っているのだろうか?ということは考えると言う習慣はもっと固く封印されてしまっているのかもしれない。福岡で開催されている高校生を対象にした次世代リーダー養成塾の感想で「学校では議論しようとしても熱く語る雰囲気がない」「学校では本音で語れない」と言っているが、それは大人の社会も同じこと。軽く楽しいのがよくて、重たくて真面目なのはかっこ悪いという風潮は、真面目はかっこ悪いという自己弁護で人間をいとも簡単に楽なほうに押し流していったようだ。多くの人が安きに付いたのだ。
欲望がないという豊かさ故の悩みの中で、知識と情報を提供するという図書館の働きを支持してもらうのは並大抵のことではない。潜在的に学ぶことを好む人たちだけに支持されているだけでは図書館の役割は果たせない。知識と情報を提供するためには、知識と情報を受け取る人たちを作りださないといけないのだ。金縛りにあっている「見猿言わ猿聞か猿」の目を覚ます大きな目覚まし時計を鳴らす仕掛け作りだ。
今、食育が問題になっているが、何でも食べれば良いわけではない。安全で栄養の高い食物をバランスよくとること。それも楽しい食事でなければ意味がない。それが健康をつくっていく。知識も同じである。質の高い知識をバランスよく学び、考える人たちを作っていく、知育が必要とされている。しかし、時代は軽いのである、正論では届かない。食欲でさえ減退している現代社会に、知識欲を増大させるには戦略が必要だ。大々的なキャンペーンをはって、知ることが楽しいという「流行」を大人・子どもに作り出すのだ。
私たちは「猿」でいいのか、「考える人」になるのか、未来はすぐそこにある。
[PR]
by tsuji_bunbun | 2007-01-29 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング  5 「不満足磁石」
参考資料 「イエコノミー7」日経新聞 2007/1/8

「不満足磁石」
 今日、私はいいものを手に入れた。「不満足磁石」という丸い小さな石だ。この磁石には不思議な力があって「人々の不満」を引きつける。この石は明治40年ごろ、日本で最も古い百貨店が従業員に配った小冊子「小僧読本」の付録だといわれている。その「小僧読本」には、お客本位と言ふはお客様大明神のことなり。お客様一大事なり。お客様のご無理をご道理とするにあるなりと書いてあった。
さて、この石の使い道ですが、私にいい考えがあります。私は図書館で働く司書なのです。私が図書館で働いている間、この石をポケットに忍ばせておきます。すると、お客様が私の側にやってきて「ねえ、ちょっと聞いてください」と言って自分の抱える不満をしゃべっていくのです。家族の問題、学校のこと、となり近所のもめごと、世の中の不安や老後の心配、続かないダイエット、消費税の値上がり、イラク戦争の終結から宇宙人との交信? まで、ありとあらゆる不満が私の元に集まってくるのです。そんなのイヤだろうって?何をいってるんですか、あなた。不満があっても、それを口にする人の割合は50人に1人なんです。何の苦労もせずにお客様の不満足が集まってくるなんて願ってもないことです。なんと言っても、お客様は神様なのです。神様が私に「ああせい、こうせい」と指図してくださっているのですよ、なんともったいないことをおっしゃるのです。
先ほども申し上げましたが、私は図書館で働く司書なのです。このコミュニティの方々が困っていることを解決する手助けをするのが仕事なんです。この困っていることと言うのを、集めることをマーケティングと言うのですが、これが結構大変な仕事でして、聞いても、探しても、本当のことなんてなかなか探り当てられるものじゃないんです。それが、ほらこうやってこの小石を持っているだけでマーケティングが出来るんですから、大助かりですよ。あとは、不満を解決するための情報や本を探して展示すればいいんですから。この石のおかげで、きっとお客様に喜ばれる仕事が出来ますよ。なんていい物を手に入れたんでしょう。私は果報者です。
今日、読んだ日経新聞の記事では、しまむらの会長や高島屋の地下食品売り場の主任がお客様のニーズを把握するのがどんなに難しいかとうとうと語っています。しまむらでは1000店舗中600店舗の店長を地元のパート主婦から雇用しています。お客様のことはお客様にしか分からないからってね。そのくらい難しいものなんです、マーケティングって言うのは。だから、内緒にしてください。
私が「不満足磁石」を手に入れたってこと、お願いしますよ。絶対ですよ。
[PR]
by tsuji_bunbun | 2007-01-26 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 4 「ながら本」
参考資料 「次世代ネット」日経新聞 2007/1/1

「ながら本」
ブロードバンドが普及し始めて5年だというのに、光ファイバーによる次世代ネットワーク(NGN)が2010年までに構築されるという。新しいデジタル機器や情報サービスもどんどん生まれて、この先私たちはどうなっていくのだろうかと思わない人がいるだろうか?ただただ、突っ走っていくだけで、果たして私たちの未来を見通している人がいるのかどうか怪しいものだと思いながら元旦の新聞を読んだ。
新聞にはCMで見かける可愛い小型ロボット「papero」の写真が大きく掲載されている。目にはカメラ、耳にはマイク、胴体にはタッチセンサーが埋め込まれ、人間と同じようにコミュニケーションできるというロボットだ。先日、鴻上尚史さんの「孤独と不安のレッスン」と言う本を読んだ時、孤独の悪い癒し方にインターネットの名前が上っていた。なぜ悪いかと言うとあまりに簡単に慰められるからだという。箱の中にあるインターネットでさえ暇つぶしには充分な刺激なのに「papero」のような可愛いロボットがいて、話しかければ、結構ウィットにとんだ返答をしてくれたりしたら楽しくて仕方ないじゃないか。一日中かかりきりで遊んでしまうんじゃないかと思う。それだけじゃない、そこらじゅうに無線LANが張り巡らされて、携帯末端やゲームで世界中と交信できるらしい。電話はテレビ電話だし、映画も配信されて、自動翻訳機能も充実したら世界中に友だちがいっぱいになるに違いない。そんな刺激に満ち満ちた世界がすぐそこに来ているというのに、文字文化はなにも危機感を感じないのだろうか?
音楽はいい。何にでもマッチできる。ほとんどのことは音楽を聞きながら、できるのだ。「その時、本はどうする?」。目はひとつしかない。何かをしながら、本を読むことはできないのだ。大体、本は平面世界のもの。今だって、目で楽しむ漫画や動画の刺激にかなわない状態なのに、この上もっともっとすごいことが四六時中起こるような世界で「本」を読む人がいるだろうか?本を読む子どもを育てていけるだろうか?「本」を読ませることは出来るかもしれない、教育で強制すれば。でもその時「本」は無味乾燥な「古文」のように干からびてしまうのではないかと思う。杞憂だろうか?もしかしたら、そんな刺激のフラッシュから逃れて、モノクロな本の世界が落ち着くと脚光を浴びているかもしれない。一縷の望みだけれど・・・
それで「ながら本」と言うものを考えた。それがどんなものであるかは、皆目検討が付かない。でも、インターネットや小型ロボットや携帯末端と共存できる本なのだ。そんな「本」が発明されないと、本の未来はないと悲観的になった2007年、元旦の朝。


[PR]
by tsuji_bunbun | 2007-01-23 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 3   「やさしいNPOに頼るな」
参考資料 「非営利組織のマーケティング」NPOの使命・戦略・成果 三宅隆之 白桃書房


あとがきがよかった。
[マーケティングの概念は公共、非営利団体組織体のマネジメントとして機能し始めている。組織や事業領域が存在すれば、営利、非営利組織を問わずマネジメントが存在する。今や、非営利組織体の存在なしでは、社会貢献活動は語れなくなってきた。その理由は政治の失敗や企業の失敗、市場の失敗、契約や公約の失敗を補填するカタチで非営利組織体が機能しているからである。非営利組織体のコンセプトは目に見えないものである“善意”を売るところが企業のそれとは異なる。」
企業のものと思われていたマーケティングが非営利団体にも使われ始めた。非営利団体であるNPOは目的に賛同した支援者の「善意」を利用者にサービスと言うカタチで届けるのが仕事である。そのためにマーケティングを使うことで、利用者の一番必要としているサービスが出来るのだ。それは、人災で孤立した村の中心地にヘリコプターが支援物資を的確に落としていくような構図に思える。かっこいいではないか!
でも、このあとがきをしっかり読んでほしい。なぜ、孤立した村に取り残された人がいるのかということだ。「その理由は政治の失敗や企業の失敗、市場の失敗、契約や公約の失敗を補填するカタチで非営利組織体が機能しているからである」と書かれている。
図書館の世界では「財政難」という政治の失敗を担うために、「図書館未満の図書館」を補填するために善意の市民NPOが立ち上がり図書館運営をしているところがある。人災で取り残された人々を救うために、今まで行政が使った事のないヘリコプターを飛ばして、図書館サービスを届けようとしているのである。失敗した役所の「指定管理者」という管理の下において、財政難を補うために最低限の給与で。何のお咎めも受けていない失敗者の下で。
マーケティングを簡単にやるには、サービスする側がサービスされる側を「思いやる心がけ」で充分である。特にテクニックを持たなくても、図書館サービスをする人に利用者に喜んでほしいという気持ちがあればできるもの。“善意”を届けたいというNPOの気持ちがあれば利用者はきっと喜んでくれるはず。しかし“善意”を届けるには、それなりの手間隙がいるのである。善意を預かり、善意を使って、善意として届ける。そんなNPOの善意の使命感を「財政難」という泥靴で平気で踏みにじるような政治が行われているのが現実である。

「やさしいNPOに頼るな」と声を大にして言いたい。もっと本質を見極めよう、市民。
「安上がりならいいのか」「サービスがよくなればいいのか」「誰かが苦労していてもいいのか」「失敗に責任を取らせなくてもいいのか」。
知らん顔して「やさしいNPOに頼るな」と言おうよ、市民。知らん顔している人たちは、私たちが税金で雇っているのだよ。(その上、私たちは当然受けるべきサービスにまた「寄付」や「利用料」を払っているのだよ。) 
[PR]
by tsuji_bunbun | 2007-01-20 00:00 | mayoto study
ブレイクタイム
こんにちわ。辻桂子です。

今日、福岡は暖かい雨が降っています。
木々の芽も膨らんで、春が近づいているようです。

いつも、『図書館を作るSOS]を読んでいただいて有難うございます。
2007年はマーケティング的思考で図書館を考えていきたいと思っています。
マーケティング思考に入ると、一日24時間が図書館シンキングになってしまい
ますます図書館中毒が重症になってきました。
どこの図書館も問題山積ですが、ポジティブに螺子を巻きなおし
楽しんで図書館作っちゃいましょう!今年もご協力よろしくお願いします。
[PR]
by tsuji_bunbun | 2007-01-17 09:19
図書館マーケティング 2 「文化の仲間はずれ・図書館」
参考資料 日経2006・12・24「国際文化フォーラム」

「文化の仲間はずれ・図書館」
「21世紀は文化の時代といわれる。情報技術が進展する時代、世界を理解するには、自分たちのルーツや歴史を見極め将来を見通すが力が不可欠だ」と語るのは韓国釜山博物館長の李仁淑氏。10月24日に九州国立博物館で開かれた国際文化フォーラムの座談会で、大原美術館長高階氏を座長に、九州国立博物館長三輪氏、韓国釜山博物館長の李仁淑氏、フランス美術館群名誉総局長ガシャン氏、ロサンゼルスカウンティ美術館学芸部長マランデル氏が美術と文化について語り合っている。
世界の平和を目指す相互理解のために博物館や美術館の存在意義が高まっていることが確認され、ユネスコなどの国際的な公的機関が関わり、モノの所有にこだわらずに社会資産として美術作品を共有してはどうかという文化的意識の高い会話が交わされている。実際、今でもコレクションを融通させて企画展を開催したり、連携してイベントを開催したり、保存や修理を共同で行うなどのネットワークが組まれているようだ。素晴らしい!
しかし、文化といったとき、美術館や博物館だけが座談会に招かれ、図書館が仲間はずれにされているのはなぜなのだろうか?言葉で書き記した現在や過去、未来をそして未来を創造するのが本。それらを保存する機関である図書館も自分たちのルーツや歴史を見極め、将来を見通す力を持っている。その存在は美術館や博物館にくらべて、もっと私たちの身近で日常生活の中に組みこまれている文化施設です。美術館や博物館に比べて、相互理解を促すモノとしては「言葉」のほうが相互理解度が高いツールだと思うんだけど・・。確かに、日本では博物館や美術館の高価な収集品に比べて、どこででも手に入る「本」と言う媒体は文化貢献の認識イメージが低いような気がする。それとも女性が多い職場だから美術館よりステータスが低いのか、図書館が身近すぎるから権威がないのかな?でも、利用者数を比較すると、人口150万人に対応する長崎県立美術館の入館者が年間60万人。同じ長崎県の諫早市は人口10万人で諫早市立図書館の入館者は年間50万人。その対比から考えれば、費用対効果、文化貢献度の大きさは計り知れないものがあると思うんだけど、どうでしょう。それに、図書館も世界的なネットワークを結んでいるしユネスコでも公共図書館に対して「公共図書館が教育、文化、情報の活力であり、男女の心の中に平和と精神的な幸福を育成するための必須の機関である」とユネスコの信念を表明する宣言を出している。図書館が国際的な文化機関でないはずないよね?
最初の言葉に戻れば「21世紀は文化の時代ともいわれる。情報技術が進展する時代、世界を理解するには、自分たちのルーツや歴史を見極め将来を見通すが力が不可欠だ」というが、博物館の過去の遺物や概念的な美術館の収集品より、言葉による交流のほうが端的に理解が深まると思うし、互いに対する無知がさまざまな疑惑や不信感を生み出し、戦争につながるのであれば、現実から未来を見つめることに文化的に貢献できるのは図書館を於いて他にないと思うんだけどね。図書館の文化から「男女の心の中に平和と精神的な幸福を育成する」とユネスコも認めているのです。と言うことで、次回の国際文化フォーラムには、必ず図書館も仲間に入れてあげてほしいナと思う次第です。
[PR]
by tsuji_bunbun | 2007-01-17 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 1 「図書館の うふふ」
参考資料 日経2006・12・19「企業の社会的価値~ひとづくりとものづくり」

「図書館の うふふ」
堀場製作所の社是は「おもしろおかしく」なんだって、なんだか楽しそうな会社です。
これは企業の社会的価値を考える日仏シンポジウムでの堀場社長の言葉。会社に社是があるなら図書館にも経営方針を表す言葉があるはず、それは何?
私だったら「うふふ」にするな~。だって、図書館は何か小さな幸せが見つかる場所。その小さな幸せを誰かが見つけて「うふふ」って楽しい気分になるでしょ、それを見た司書がまた、自分も嬉しくなって「うふふ」となるでしょ、それを見た見知らぬ人がまた、幸せになって「うふふ」となる。そんな図書館だったらいいと思うんです。図書館を笑顔溢れる場所にできたら、図書館にいくのが楽しくなる。図書館は企業じゃないから、その存在価値は慕われて、頼りにされることだと思うんです。
 そして、堀場社長はこう続けます「従業員は人生の大半を会社での仕事に充てます。だからこそ人生を謳歌し、有意義に仕事をしてもらうことが重要です。ものづくりの基本はひとづくりなのです」。図書館を運営するのにも図書館の組織文化作りが大切です。働く人に「うふふ」をあげるには、自分の力を発揮して誰かを喜ばせることの出来る「場」と「力」と「やりがい」が必要です。だから「うふふ」を作るのは、一人で出来るものじゃないんですね。図書館全体、町全体がその気にならないと出来ないことのようです。だって、全てはつながっているのですから。
 世の中がフラット化されるに従い、社会の組織はネットワーク型になり、個人がしっかり自立したうえで共生する時代になってきたといわれています。どこか変だ、何か変だと感じていても「誰かが変えるさ」と思っていては、何も始まりません。まず、自分が変わらないといけないのです。そして、自分の幸せが他人や地域社会の幸せにもなると考え、地域で活動するのです。思うだけじゃなく行動する人になるのです。かっこいいでしょう!今そういう人たちを、コミュニティデザイナーと呼ぶそうです。
このシンポジウムでは立教大学大学院教授の北川晴一氏がこれからの社会がどうあるべきかを社会デザインという言葉で考えようと提唱しています。図書館の「うふふ」はきっと社会デザインの基地になって、小さな幸せを積み重ね、みんなの幸せを作っていきそうな気がしますヨ。 「うふふ」
[PR]
by tsuji_bunbun | 2007-01-14 00:00 | mayoto study
11 「旅する絵本カーニバル」の魅力ー3

◎旅する絵本カーニバルのゆくえ
これからの「旅する絵本カーニバル」について目黒実教授にお聞きしました。目黒教授は『チルドレンズ・ミュージアムをつくろう』『学校がチルドレンズ・ミュージアムに生まれ変わる』各ブロンズ新社 の著者です。社会問題のはざまで、大人の欲望の汚泥に飲み込まれていく子どもたちに子どもらしい居場所を作りたいと、福島県霊山町と兵庫県篠山、沖縄県沖縄市でチルドレンズ・ミュージアムをプロデュースしました。

 絵本カーニバルは、絵本に込められた多様なメッセージや地域性、社会的なテーマ、世代を超えた時間を繋ぎます。そのための空間を構築する事で、子どもだけでなく全ての人に開かれた拠所となります。多世代がストレスなく居合う場として、地域コミュニティでそこに暮らす子どもたちを育む構造、埋もれた場の再生、図書館など公共施設の新しい提案等様々な効果を生み出します。それは絵本が生まれて最初に出会うメディアであり、子どもだけでなく性別・世代・立場を超える事が出来るメディアだからです。絵本には、子ども時代の体験が存在すること、社会の中で他者とコミュニケーションを図る媒体となること等、現代社会が抱える問題を解決する多様なヒントが込められているからです。


―500冊の絵本を持ち運んで展示する。そこだけを聞くと小さな本屋か文庫のようだが、そのイメージは全く違う。デザインを重視する空間作り、感性による分類と物語を持つ選書、全体を強く流れる子どもの居場所つくりというミッションがその違いを醸し出している。イベンターの個性を通すことで絵本や空間に人のぬくもりやにおいが生まれる。この暖かさが心地よくて、誰もがついゆっくりしてしまうのではないだろうか。そして、このイベントは利益を追求せず、サービスを提供するものでもないので、時間・空間というものの捉え方に全く押し付けがましさがない。その事が人を魅了する重要なポイントではないだろうか。だから、その無防備な居心地のよさについうっかり時を過ごしてしまい、帰り支度を始めた時、浦島太郎のようにはっと現実に引き戻されてしまうような異空間の魅力を持つ。これが「旅する絵本カーニバル」と題して、夢のように現れ、去っていくのだから、その鮮やかな印象は風の又三郎のようだ。その潔さに「なんと見事なイベントだ」と感心した次第。
絵本カーニバルは、子どもの姿が見えない図書館の再生に、移動図書館車の運営に、新しいコンセプトの企画展にと図書館にもたくさんのヒントを与えてくれるのではないかと思った。

MAYOTO STUDY

1幻
消えてしまうから美しい。
MAYOTOはいつも生まれ変わる。

2リラックス
リラックスは緊張感のある場所では生まれない。
MAYOTOには、陽だまりのような空間がある。


d0064892_128763.jpg

[PR]
by tsuji_bunbun | 2007-01-05 00:00 | mayoto study



Mayoto Staudy の時間です。見学や研究でマヨトを具体的に考えていきましょう!
by tsuji_bunbun
S M T W T F S
1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30 31
カテゴリ
【Read me first】
【目次】
【本文】
【welovetheとしょかん】
   └--<INDEX>
【コメントはこちらから】
「真夜中の図書館」メイキング
mayoto study
以前の記事
2008年 02月
2008年 01月
2007年 12月
2007年 11月
2007年 10月
2007年 09月
2007年 08月
2007年 07月
2007年 06月
2007年 05月
2007年 04月
2007年 03月
2007年 02月
2007年 01月
2006年 12月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 02月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
最新のトラックバック
メール一斉送信CGI @..
from 情報販売のインフォカート・・..
公立 学校の最新情報
from 学校へのススメ
図書館
from 写真サーバ現像室 for P..
図書館の運営、管理
from 一語で検索
フォロー中のブログ
「真夜中の図書館」
【オススメ】
「としょかん発見塾」図書館について楽しく学習する市民グループ。
「ぶっくくらぶ」糸島の図書館作りを応援する会
「新現役の会」
団塊世代を考える!
「いとぐら」いとしま地域のポータルサイト

= = [お知らせ] = =
キャンドルナイトinいとしま(6/15)のリポートはこちらから⇒≫クリック≪
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧