カテゴリ:mayoto study( 74 )
図書館マーケティング 18  特別企画展             
図書館マーケティング18                  
参考資料 日経新聞 2007・1・21 「異常気象世界で脅威」

「特別企画展」
 世界各地で異常気象が起きている。日本は暖冬となり、欧米は異常な高温を記録し、オーストラリアでは旱魃が続き、ブラジルでは洪水が起こっている。気象庁が世界気象機関のデータを解析したところ、世界の平均気温はこれまで100年間の間に0.67度上がったという。異常気象は最近の地球温暖化が遠因とする研究者は多い。このままだと2040年には北極の氷がほぼ消滅するという予測だ。
 恐ろしいことが起こりそうだ、起こっている、大変だとはみんな思っている。でも、誰も動かない。2012年までを想定した京都議定書もポスト議定書として作り直さなければならないとされている。危機はもうそこまで来ているのに、私たちの感覚は地球の危機に麻痺してしまったように、恐れを感じられない。映画も本もテレビも情報を発信しているが、情報過多な世の中では本の一頁、ニュースの一コマでしかない。目立たないのかなぁ??こんな重大なことが。
 図書館もそうだ。どんな情報も中立に扱い平均化してしまう。でも、これは人類の危機なのだ。もう少し別格に扱ってもいいんじゃないかと思う。図書館だけじゃない、テレビも日に何回かこの問題に取り組み、あらゆる形でアピールする。政府も新聞も雑誌も学校も企業も全世界で特別なキャンペーンを起こすほどのことではないかと思う。日本の図書館全体でまずできること、自分たちに出来ることを考えられないだろうか・・
 図書館に特別企画展として環境コーナーを作り、資料の展示だけでなく、まちの異常気象による異変や経済への影響、海の水位や雨量などの定点観測、世界中の環境データの変化を分かりやすく解説する手作り資料、TVの環境番組の放映や講演会の開催など関心を高めるための工夫ができるのではないだろうか。これを全国レベルで行えば、他機関や政府との連携も取りやすいし、アピール度も上がる。図書館の停滞の原因は世の中への大きな貢献度が少ない、目立たないということも一因ではないだろうか。図書館が人のため、世のために貢献する実績を作り、イメージアップを図る戦略が必要な時代である。
   
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by tsuji_bunbun | 2007-03-19 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング17  団塊王国               

参考資料 日経新聞 2007・1・27 「米国の市民テレビ」

「団塊王国」
スタッフは平均72歳。そんな高齢者が運営する放送局がアメリカにある。1983年に結成されたボランティア映像集団クパティ-ノ・シニア・プロダクションだ。クパティーノ市を拠点に、高齢者のための番組を近隣のケーブルテレビに提供している。アメリカのケーブルテレビには市民参加が義務付けられており、ケーブルテレビ会社が安価な受講料で撮影や編集などの講座を受講した市民が始めたのだそうだ。テレビ局の採算ベースには合わないが、自分達が必要とする情報やメッセージ性の高い番組を放映できるのは、ボランティアでやっているからこそで、視聴率も高いという。自分の作品が地域を動かす力になればと言う思いで作るのだというから、その訴求力は強い。
 私は今『新現役の会』という団塊世代を中心にした社会貢献グループに参加している。言っておくが私は団塊世代ではなく、子育て卒業世代として新しい世界にチャレンジするために参加している、念のため。そこでは、かなり元気な元現役の方々が、力を持て余して、なにかできること、やることはないだろうかと言う思いで集まっている。だからと言って、何でもやるというわけではなく、自分のやりたい事をみつけてみたいという思いのようだ。いろいろ話を聞いていると、新しいビジネスモデルやボランティアを創造することは苦手だが、気に入るボランティアや軽い仕事があれば参加したいということのようだ。
 ということは、アメリカのように団塊世代が参加できる組織や設備、環境を整えた幅広いコンテンツがあれば楽しみながら地域のために働いてくれるのではないだろうかと思う。やりがいがあって、地域交流にも役立つ市民チャンネルは、団塊世代に限らず、若者や主婦も巻き込んで拡大していく可能性がある。そんな放送局を図書館に併設し、アーカイブの作成を手伝ってもらえればいいのにと思う。とても素敵な番組が出来るのではないだろうか?古き良き時代の再現や記録、これから生きる世代への提言を伝えるのに最適なメディアだと思う。
ケーブルテレビがなくても、もうすぐデジタルラジオで簡単に動画放映ができるようになりそうですよ。
 
  
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by tsuji_bunbun | 2007-03-15 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング  15  ICタグで借りる               
参考資料 日経MJ 2007・1・24 「ICタグでカゴごと決済」

「ICタグで借りる」
 ファミリーマートでは、ICタグを利用しておにぎりや弁当の製造から販売までの管理を効率化する実験をするという。ICタグを読み取るPOSレジ(販売時点情報管理)を設置し、ICタグのついた商品ならカゴごと金額が表示されるようにするのだそうだ。
 図書館はもうやってるよ~。島根県斐川町立図書館では2003年から図書館の本にICタグを貼って、自動貸し出しや蔵書管理、本の盗難防止に役立てている。利用者には、借りにくい本もあるし、顔見知りになった司書に本のタイトルをチェックされる(してないことは理解しているけど、利用者は自意識過剰なもので)のは少し面映い。自動貸出機でちゃちゃっと借りられれば、私としては言うことはないような気がする。が、そうなっちゃったら、また寂しい気もする。図書館に行って、ICカウンターで本を返して、本を選んで、ICタグカウンターで借りて帰る。一言もしゃべらなくて、誰とも挨拶もしないで、目もあわせないで、本だけ見て帰るのは、なんかいやだな~とわがままな私は思う。人恋しくて、図書館にいく。そんな時もあるんだもん。
本を借りるところに人はいなくてもいいけど、何か他にコミュケーションのできるサービスや仕組みがいると思う。上海の本屋には青いブレザーを着た店員がいて、本棚のあいだをぐるぐる廻っていた。本のコンシェルジェだ。聞きに来てくださいとカウンターに坐っているのではなく、なにかお困りではないですかと近づいてきてくれる。きっと喜ばれると思う。それに、caféの店員が司書って言うのもいい。そこで、読書案内サービスをする生き字引のような司書がいて、いろいろ本の楽しさを語り合ったりしたら楽しそうだよ。図書館利用者のレベルに合わせやお手伝いをしてくれるのがいいなぁ。みんなに優しい図書館だ。ITで空いた手は、暖かい人間らしいサービスに変換する。それじゃなきゃ、科学が発達する意味がない。
ICタグには、まだまだやって欲しいことがある。私の読書記録を作って欲しいのだ。自分の読書記録を保存するために。一生分の読書記録を持ってるなんて、嬉しいし、誇らしいし、便利だ。図書館は、個人の履歴ではなく本の履歴をとって欲しい。二十代、女性、日時、借りた本の分類、他の資料との関連、興味対象などを分析して、セブンイレブンやアマゾン並みの調査、分析を選書に役立てて欲しい。
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by tsuji_bunbun | 2007-03-11 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング  14  ことづて                 
参考資料 日経新聞 2007・1・18 「ことづて」

「ことづて」
 近畿大学民族学研究所助教授の野本寛一さんの「ことづて」を聞いた。民族学の世界には教育や食、環境や女性のあり方など、私たちが忘れかけている、豊かな知恵がたくさんあるという。先人達の「ことづて」を見つめなおし、生かすことは出来ないだろうか。
 ほんの少し前まで日本中に多彩な文化があり、暖かい心配りが行き届いていた。たとえば、長野県のある地域では季節ごとに年上の子どもが小さな子どもを引率して山に入り、草花や木の実を採っていた。上の子が下の子たちに採り方や場所を教え、採ったものはみんなで分配した。家で飾る花、お盆にお供えする花を採るのはこのような子供たちの役割だった。また、キノコ採りに行けば年寄りに「小さいのは残してきたか」と訊ねられる。こんな風に子どもたちは、手伝いをしながら自然や祖先を敬う心を学び、生き物と心から触れ合ってきた。家庭はもちろん、地域とその生活が一体となって子どもを育んでいただという。
 しかし、昔を再現できるわけがない。今、私たちが生活の中で出来ることを、先人の文化と言う無言の「ことづて」からエッセンスとして踏襲していかなければならないのではないだろうか。そのために、まずやるべき事は「調査」だ。地域や風土に育まれた生活の知恵が、それぞれの土地に芽生えた文化だと思う。何処かの誰かの文化では、この地に芽吹くことが出来ない。自分たちのまちの文化を聞いて、書いて、記録する。録画して記録する。そんなアーカイブ作りが必要だ。自然条件から生まれた知恵、歴史的要因から生まれた文化、経済から見えるまちの時代絵巻などの過去の上に、成り立つ現代を見据えて、未来を描かなくてはならない。急速な高齢化を迎えた今、明治、大正、昭和を残す作業は、急がなくてはならない作業だ。これは、これからクローズアップされる図書館サービスは地域資料の収集ではないだろうか。
予算がない、人がいない。まず頭に浮かんだのはその問題だろうと思う。それは確かに問題だが、まちの文化を守る、育てる、記録するという20世紀の礎を保存する大切な役割の重要性を考えれば、図書館が市民に、政治に、役所にプレゼンテーションする気概が必要ではないかと思う。待っていても何も始まらない。気づいた人から、言い始める、やり始める。そして私たちは新しい文化を創り始めようではないか。
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by tsuji_bunbun | 2007-03-07 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 13  「市民の力」              
参考資料 日経新聞「けいざい楽校」世界トップが集うダボス会議

「市民の力」
 世界の企業経営者らが集まるダボス会議(世界経済フォーラム年次総会=71年から経営者や学者など2000人ほどが集まり、世界経済を論じている会議)の今年のテーマは「移行する力の均衝点」だという。かつては政府が市民に政策を押し付けたが、今や市民が政府に政策の実行を迫る時代になった。世界を変える力の均衝点が移り変わっているという兆候だとシュワブ会長は語る。
それは情報公開の力だ。情報が公開されることが大前提になった。またそれがインターネットで公開されるのだから、市民は家に居ながら様々な情報を手軽に手に入れて、見比べることが出来るようになった。市民は知りたい情報を知る権利を持ち、行政は市民に分かりやすく説明しなければならなくなった(アカウンタビリティ)。ということは、いい加減な政治や行政、企業経営ができなくなるということ。隅々まで、きちんと説明しなければならなくってきた。それは日々、身をもって感じていたことだが「ダボス会議」の主題で論じられるような世界の潮流になっているとは思わなかったので驚いた。
そういえば、慶応大学大学院教授上山信一さんの著書『政策連携の時代』日本評論社 でも、これからは市民が困っている問題をネットで発信すれば、大学の先生や企業などの専門家が問題解決を手伝ってくれたり、新しい事業を作り出せるような時代になると書いている。アメリカでは、もうすでにそんな事例がたくさんあり、一人の主婦が町おこしに水族館を作ろうと提案し、駅舎を改築したり商店街を作り直して町を発展させた話を読んだことがある。もうすっかり市民の時代になっているらしい。日野市の市政図書室では行政資料を利用して『総合計画』を作った市民がいると聞いた。市民にも情報があれば、政策提言が出来る。もともと職員や担当者だってただの素人、情報さえあれば政策提言はやろうと思えば誰にでも出来ることかもしれない。
今や市民が政府に政策の実行を迫る時代になった。情報化時代の市民の力、恐るべし。しかし、これからが民主主義の本番だ。図書館は世界を変える力のバランスが変わっているのだから、市民が民主主義を支えられりように体制を整え、時代にみあう図書館運営の戦略を整える必要があるのではないだろうか。市民の力の源は、なんと言っても「情報」なのだ。それしかないのだから。
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by tsuji_bunbun | 2007-03-02 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 10  「平和機関」
参考資料 日経2007・明日への話題「対話が足りない」元検事総長原田明夫

「平和機関」
 2001年に国連が公表した「分裂を超えて-文明間の対話」と言う報告書がある。世界を代表する知識人20人の情熱の労作で、日本からは河合隼夫氏が参加している。「価値観を共有するため相互理解を発展させること。自分の知らないことを学び、異なった意見に耳を傾け、多種多様なものの見方に心を開き、自分自身の思い込みに反省を加え、人間性の成長のために最良の行動を探求することである」紛争を解決するには対話が必要であるということだ。
 これは、まさに図書館にうってつけの仕事。ユネスコ公共図書館宣言のなかに公共図書館は「異文化間の交流を助長し、多様な文化が存立できるようにする」と言う一文がある。また「この宣言は、公共図書館が教育、文化、情報の活力であり、男女の心の中に平和と精神的な幸福を育成するための必須の機関である」というユネスコの信念を表明するものであるのだから。争いは未知への不安から起こるといわれている。情報不足による不満や怒りは男と女、親と子、隣人、先生と生徒、上司と部下、国と国、思想と思想、宗教と宗教などさまざまなシュチエーションで起こる。向かい合って話し合う対話は話をする会話とはちょっと違う。会話と言うおしゃべりではなく、真剣に、誠実に向かい合って話し合うという真摯な姿勢が必要なのだ。
 平和のための対話が足りない。今こそ哲学、宗教、政治、経済、芸術、文化などあらゆる人知を動員した対話が必要なのである。まず、身近なところからいこう。音楽や絵や文学、食べ物や着る物、スポーツや学問など、みんなが楽しいと思うことを共有していこう。それから、哲学や宗教を互いに理解しよう、認め合おう。政治や経済はその後のことだ。
「まず、手をつなげる人が手をつなげることで手をつなごう」そんなメッセージを発信する図書館はいかが。

想像してごらん 天国なんて存在しないと
想像しようとすれば簡単だよ
僕達の下に地獄なんて無いんだ
ふり仰げば空があるだけさ
想像してごらんすべての人々が
現在を生きているんだと…

想像してごらん 国境なんて存在しないと
そう思うのは難しいことじゃない
殺す理由も、死ぬ理由もない
宗教なんてものも存在しない
想像してごらん すべての人々が
平和のうちに暮らしていると…

僕のことを単なる夢想家だと思うかもしれない
でも、僕ひとりだけじゃないんだ
いつの日にか 君も仲間に加わってくれよ
そうすれば 世界はひとつになるだろう

図書館の情報と資料で平和貢献すること。21世紀、全世界の図書館の緊急課題にしたい。
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by tsuji_bunbun | 2007-02-18 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 9 「トレンディな図書館」  
参考資料 「電通流トレンドの読み方」日経新聞1月12日 

「トレンディな図書館」
 図書館にトレンドは関係ないと思いますか?私は関係あると思うけど・・・。「電通流トレンドの読み方」は電通のシンクタンク機能を担う消費者流通センターのスーパーバイザー野村尚矢さんの流行の読み方指南の記事です。ちなみにスーパーバイザーとは消費者の需要・好みなどを的確に把握し、仕入れ商品の選択を判断する人のこと。
 野村さんによるとトレンドを読むには①長期的に社会全体の流れを読む②消費者の志向の変化を知る③商品やサービスの売れ筋の傾向を読むと言う3つの方法があるという。それらを日々の情報からキャッチして、その関連性を読み解くのだそうです。これをもう少し簡単に言えば、①長期的に社会全体の流れを読むためには人口動態や経済動向、社会生活について、意識的に記事を集めたり、統計データを分析したりする必要があるということ。たとえばコミュニティに住んでいる人たちの少子高齢化の進み方、格差社会による所得への影響、学校のいじめ問題など社会生活の問題点を、広報や新聞記事から洗い出し、国や自治体のデータをみて分析し、コミュニティの人たちの変化を予測することだ。自分達のコミュティの問題をリアルに突き止めるってコトです。②消費者の志向の変化を知るためには、自分自身も一人の消費者として感覚を研ぎ澄ましてみること、友人、知人など幅広い年齢層の人たちと積極的にコミュニケーションをとって、生活や考え方などを知ることだ。そういう生情報とデータを見比べて、変化を探し出すことだ。どんな人たちが何を考えているのかを知って本や情報を提供すれば喜ばれるのではないだろうか。親の心子しらずではないが、人の気持ちは聞いてみないと分からないものだし、聞いてみてもなお分からないものだ。調査だけでなく、察する気持ちが大切かも③商品やサービスの売れ筋の傾向を読むことは直接図書館には関係ないようだが、どうしてこの商品が売れるのか、なぜこんなことが流行っているのかと言う問題意識を持って生活することで社会を感じる感度が高くなるし、ビジネス支援の情報源にもなると思う。
 求められた資料や情報を提供するだけでなく、求められているであろう資料や情報を提供するときっと利用者に喜んでもらえる。図書館司書のマーケティングはカウンターでもフロアでも社会生活でもプライベートでも、いつでもどこでもどんなことでも。
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by tsuji_bunbun | 2007-02-11 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 8 [天の水」
参考資料 「天の水」日経新聞1月11日 成長を考える

「天の水」
インド南東部タミルナド州アングチェティパラヤム村は村人が牛とのどかに暮らしているような村らしい。ここに3年前インターネットがやってきた。地元の穀物会社が1台の中古パソコンを無料で提供したのだ。この1台のパソコンから始まった物語がある。
村人はインターネットで、農業総合情報サイトを探し出した。農業情報サイトで米やサトウキビの栽培方法を学び、気象情報を手に入れ、村の生産性は大幅に向上した。また、農民達はネットで国際相場を知り、仲買人の価格操作や搾取を拒んだという。まるで天から一滴の水が滴り、大地を潤し小さな芽を育てたお伽噺のような話。「ネットが村を潤す」と言うタイトルがつけられている。
小さなパソコンが貧しい村と世界の市場をつないで、情報が人間の生活を手助けする。これはまさしく図書館の物語だ。日本図書館協会前会長竹内悊氏は著書『ひとの自立と図書館』の中で図書館は人間にとって何なのかと言う問いに対して、「ひとが生きることを援助することを目的とする機関であり、具体的な活動として、人がものを考えることをたすける、つまり考えるための材料を提供することだ」と述べている。ということは、このインドの村における1台のパソコンはまさに天然の図書館ではないだろうか?どんな意図があって提供されたパソコンなのかは分からないが、この村にとって一台のパソコンがもたらす情報は、たしかに生きることを援助しているのだ。竹内氏は、図書館の中で図書館のことを考えるのではなく、もうひとつ突き抜けたところで図書館のことを考えようと呼びかけている。この一台のパソコンは21世紀の図書館サービスを考えるヒントのように思える。
図書館とはいったい何をさすのだろうか?50万冊の蔵書があることなのか、100人の司書を抱えることなのか、各種サービスのシステムを持つことだろうか。それは有効なサービスをするために必要な手段である。図書館の目的は人が生きることを援助することなのだから、図書館は「人の役に立ちたいという心」こそ大切なのではないだろうか。図書館サービスをシンプルに考えれば、1台のパソコンでも1冊の本でもたったひとつの言葉でもサービスが出来ることを、インドの物語が教えてくれたように思う。
「人の役に立ちたい」と言う心があって、たまたま図書館と言うところはその道具として本や情報を使うのである。その本や情報を集めて、置いてあるところが図書館と呼ばれたということである。それらをいかに効率的に管理して提供できるようにするかというのが図書館サービスシステムで、適正な規模があればより、効果が高いということ。私たちはもう一度、図書館の原点に返り、図書館の果たすべきミッションをみんなで再確認する時期がきたのではないだろうか。
今、作られた図書館から、作り出す図書館への再生なくしては図書館の未来が開かない。
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by tsuji_bunbun | 2007-02-07 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 7  「トップランナー」
参考資料 「NGN」日経新聞2007・1・1

「トップランナー」
 次世代通信網NGNは高速大容量で品質保証の付いた安全性の高いネットワークだ。サービス開始は07年、10年には普及するだろうといわれている。NGNが普及すればネットワーク端末でテレビを見たり、自動翻訳のついたテレビ電話をかけたり、自動配信されるニュースを読んだり、携帯電話から家の家電製品をコントロールしたりできるようになる。テレビを見ながら買い物したり、出版物を受信して買うようになるかもしれない。
 なんということだ。すぐそこにこんな世界が生まれようとしているなんて。格差社会はここにも生まれようとしている。情報格差は年代、収入から生まれそうだが、民間と行政にも情報格差が生まれるのではないかと懸念する。私は図書館はコミュニティの情報センターとして最先端の情報機器を揃え、いつでも誰でも使えるようにすることで住民の情報格差を補うものだと考える。しかし、現実は全く違う。図書館の情報機器や設備は一般家庭より完全に古い。NGNへの対応を予算化して待ち構えているような図書館がいくつあるだろうか、ITの進歩はこれだけにとどまらず、あらゆるものが日進月歩しているというのに。
進歩を阻む原因がどこにあるのか考えてみた。原因は図書館の奥の奥、市役所の予算書の中にありそうだ。行政の予算にITの進歩の文字がないのである。市役所はいまだ有線LANで、一人に一台配られたPCはもうすっかり型が遅れ、インターネットの使えるPCは各部に1台限り。故障しても容量不足でも、1台は1台。財政難だから、ほしがりません勝つまでは・・・ではないでしょうね、まさか。役所のIT環境がこの程度なのに、図書館だけがコミュニティの情報トップランナーになれるなんてありえない。周回遅れのトップランナーなんて、笑い話にもならないね。ITはテレビほど普及していないし、普及しないだろう。お年寄りや子どもや低所得であるが故に情報にたどり着けない情報難民はすぐそこまでやってきている。
図書館が情報を提供すると宣言するのなら、覚悟が必要。でもその覚悟は図書館がするんじゃない。情報はこれからどんどん有料化されていく。図書館に行けば最新の機器でいつでもだれでも情報を集めることが出来ることを保証する、議会や行政や市民が「予算」をつけて情報格差をなくすという決心と覚悟だ。
目指せ、トップランナー。図書館よ永遠なれ!
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by tsuji_bunbun | 2007-02-03 00:00 | mayoto study
図書館マーケティング 6「見猿・言わ猿・聞か猿」
参考資料 「自由な時代の不安な自分」三浦展 昌文社

「見猿・言わ猿・聞か猿」

最近食欲を不快に感じるという人が増えてきたというのだ。食べることを楽しいと感じない、面倒だと思うという。なんだか、思い当たる。その原因は【不足】を感じないからだという。いつでも何でも食べられる時、ほしいと言う欲望が衰退し、何を食べても満足せず食欲を満たすことが幸福感につながず、不気味な感覚として体感されるというのだ。性欲やファション、情報もそうらしい。ほしいとも言わないのに、つまらない情報が大げさな演出をされて24時間垂れ流されている。そういう状況の中で、われわれは情報がほしいという気持ちをむしろ阻害されてしまう。「ほしいものがほしい」と言う欲望を欲望するという感覚が消失しつつあると三浦氏は語る。
三浦氏のいうように「自由な時代の不安な自分」は、「見猿言わ猿聞か猿」となって情報の流れる川のほとりにたたずんでいるようだ。そう考えれば、地球温暖化、テロ、いじめ、殺人という異常事態を見聞きしても、強い危機感を感じない自分に説明が付く。心や体は情報の氾濫の前で金縛りにあってしまっているのだ。食べることが面倒だ、不快だという私たちは、知ることも面倒で不快だと思っているのだろうか?ということは考えると言う習慣はもっと固く封印されてしまっているのかもしれない。福岡で開催されている高校生を対象にした次世代リーダー養成塾の感想で「学校では議論しようとしても熱く語る雰囲気がない」「学校では本音で語れない」と言っているが、それは大人の社会も同じこと。軽く楽しいのがよくて、重たくて真面目なのはかっこ悪いという風潮は、真面目はかっこ悪いという自己弁護で人間をいとも簡単に楽なほうに押し流していったようだ。多くの人が安きに付いたのだ。
欲望がないという豊かさ故の悩みの中で、知識と情報を提供するという図書館の働きを支持してもらうのは並大抵のことではない。潜在的に学ぶことを好む人たちだけに支持されているだけでは図書館の役割は果たせない。知識と情報を提供するためには、知識と情報を受け取る人たちを作りださないといけないのだ。金縛りにあっている「見猿言わ猿聞か猿」の目を覚ます大きな目覚まし時計を鳴らす仕掛け作りだ。
今、食育が問題になっているが、何でも食べれば良いわけではない。安全で栄養の高い食物をバランスよくとること。それも楽しい食事でなければ意味がない。それが健康をつくっていく。知識も同じである。質の高い知識をバランスよく学び、考える人たちを作っていく、知育が必要とされている。しかし、時代は軽いのである、正論では届かない。食欲でさえ減退している現代社会に、知識欲を増大させるには戦略が必要だ。大々的なキャンペーンをはって、知ることが楽しいという「流行」を大人・子どもに作り出すのだ。
私たちは「猿」でいいのか、「考える人」になるのか、未来はすぐそこにある。
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by tsuji_bunbun | 2007-01-29 00:00 | mayoto study



Mayoto Staudy の時間です。見学や研究でマヨトを具体的に考えていきましょう!
by tsuji_bunbun
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