参考資料 「天の水」日経新聞1月11日 成長を考える
「天の水」 インド南東部タミルナド州アングチェティパラヤム村は村人が牛とのどかに暮らしているような村らしい。ここに3年前インターネットがやってきた。地元の穀物会社が1台の中古パソコンを無料で提供したのだ。この1台のパソコンから始まった物語がある。 村人はインターネットで、農業総合情報サイトを探し出した。農業情報サイトで米やサトウキビの栽培方法を学び、気象情報を手に入れ、村の生産性は大幅に向上した。また、農民達はネットで国際相場を知り、仲買人の価格操作や搾取を拒んだという。まるで天から一滴の水が滴り、大地を潤し小さな芽を育てたお伽噺のような話。「ネットが村を潤す」と言うタイトルがつけられている。 小さなパソコンが貧しい村と世界の市場をつないで、情報が人間の生活を手助けする。これはまさしく図書館の物語だ。日本図書館協会前会長竹内悊氏は著書『ひとの自立と図書館』の中で図書館は人間にとって何なのかと言う問いに対して、「ひとが生きることを援助することを目的とする機関であり、具体的な活動として、人がものを考えることをたすける、つまり考えるための材料を提供することだ」と述べている。ということは、このインドの村における1台のパソコンはまさに天然の図書館ではないだろうか?どんな意図があって提供されたパソコンなのかは分からないが、この村にとって一台のパソコンがもたらす情報は、たしかに生きることを援助しているのだ。竹内氏は、図書館の中で図書館のことを考えるのではなく、もうひとつ突き抜けたところで図書館のことを考えようと呼びかけている。この一台のパソコンは21世紀の図書館サービスを考えるヒントのように思える。 図書館とはいったい何をさすのだろうか?50万冊の蔵書があることなのか、100人の司書を抱えることなのか、各種サービスのシステムを持つことだろうか。それは有効なサービスをするために必要な手段である。図書館の目的は人が生きることを援助することなのだから、図書館は「人の役に立ちたいという心」こそ大切なのではないだろうか。図書館サービスをシンプルに考えれば、1台のパソコンでも1冊の本でもたったひとつの言葉でもサービスが出来ることを、インドの物語が教えてくれたように思う。 「人の役に立ちたい」と言う心があって、たまたま図書館と言うところはその道具として本や情報を使うのである。その本や情報を集めて、置いてあるところが図書館と呼ばれたということである。それらをいかに効率的に管理して提供できるようにするかというのが図書館サービスシステムで、適正な規模があればより、効果が高いということ。私たちはもう一度、図書館の原点に返り、図書館の果たすべきミッションをみんなで再確認する時期がきたのではないだろうか。 今、作られた図書館から、作り出す図書館への再生なくしては図書館の未来が開かない。
by tsuji_bunbun
| 2007-02-07 00:00
| mayoto study
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